高知地方裁判所中村支部 昭和56年(ワ)45号 判決 1985年3月08日
原告
四万十川下流漁業協同組合
右代表者
沖田保
右訴訟代理人
徳弘壽男
山下訓生
被告
岡島海運株式会社
右代表者
岡島喜三
被告
江口金丸
右両名訴訟代理人
小山孝徳
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告らは、原告に対し、各自金六二九万九九三〇円及び内金五二九万九九三〇円に対する昭和五三年一二月四日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
3 仮執行宣言。
二 請求の趣旨に対する答弁
1 主文と同旨。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 被告江口金丸(以下被告江口という)ないし被告岡島海運株式会社(以下被告会社という)は、昭和五三年一二月三日夕刻ころから翌四日午前七時ころまでの間、高知県中村市下田の竹島川河口の下田港内新岸壁付近(同港湾内)(以下下田港湾内という)において、同所に係留していた第三住若丸の船底に溜つていた廃油混入のビルジ(廃油と海水との混合物―以下廃油という)約四〇〇ないし六〇〇リットル(油分約四〇ないし六〇リットル)を海上投棄(排出)し、右廃油を同岸壁のノリ養殖場に流入せしめ、原告組合の組合員らが竹島川右岸流域に設置していた養殖ノリ等(以下本件ノリ等という)に付着させ、原告に後記損害を発生させた。
なお、原告は、当初、被告江口は、同月四日午前七時ころ、同市下田港内の四万十川河口右岸西堂崎燈台南方約三五〇メートル付近海上(以下燈台付近海上という)において、右第三住若丸から廃油を海上投棄し、右河口上流に遡上せしめ、右ノリに付着させた旨、主張していたが、第一一回口頭弁論期日において、右遡上現象のないことを認めたうえ、廃油投棄の日時、場所を前記のように変更した。
2 因果関係
次の諸事実から、本件ノリ等に付着した廃油と被告会社所有第三住若丸が排出した廃油との一致ないし因果関係を認めるに足る充分な蓋然性がある。
① 被告会社所有船が廃油を投棄した事実は否定していないこと
② 下田港内における廃油投棄が最初に発見されたのは一二月三日夕方下田港内新岸壁付近であり、しかも、同夜以降翌朝午前六時三〇分ごろまで第三住若丸が新岸壁に係留させていたことも明白であること
③ 下田港内新岸壁付近の表面水の流向は、新岸壁沿いでは下流方向であるが、岸壁沖約二〇メートル〜三〇メートルでは右施ママ回してひとえぐさ養殖場網設置場所と略平行に約三三メートル遡上し、再び右旋回下向すること
④ 第三住若丸は船巾八メートル、船長40.50メートル、ビルジ吐出口は水面上1.8メートルで船橋(ブリッジ)中央下付近にあること
⑤ 右③・④より、ビルジ吐出口から排出した廃油が一旦は船尾方向に流れ、右回して船首方向に進行した状況は、刑事々件で被告らが供述した場所では起りえないが、下田港内新岸壁付近では起りうること
⑥ 東義昭が昭和五三年一二月四日午前七時三〇分ごろ浮流油を見た位置・時刻と、前期③ないし⑤とは矛盾しないこと
⑦ 海上保安署が、海上保安本部に鑑定を依頼し、鑑定人海上公害課分析係長井上啓次が鑑定資料としたものは、原因が全く不明時の一二月四日から一二月七日までに、下田港新岸壁の係留船、陸揚げした船舶、下田内港西岸壁係留船、下田港新岸壁沿い道路アスファルト、下田内港東岸壁上の廃油、渡川導流堤上放置の油缶及び廃油缶等において採取した機械油、ビルジ、燃料油、不明油等とのりひび付着浮流油とであり、鑑定の結果は、第三住若丸のビルジが、自然科学における「極めて類似」という鑑定結果がなされたこと
⑧ 右鑑定結果にもとずき、原因船を捜査した結果、被告らはビルビママ投棄の事実を認め、本件において投棄日時及び量について当口頭弁論で争うところがあるが「ビルジ」の投棄自体は争つていないし、かつ、刑事判決でもビルジ違法投棄について有罪が確定していること
⑨ 廃油の投棄日時・場所に関する捜査刑事裁判所段階での被告らの虚偽の自白供述が、四万十川河口から竹島川に浮流油が遡上しないという事実と矛盾し、ノリ付着廃油とビルジ油とが一致するとの鑑定結果に疑義が出たのであるが、下田港内新岸壁付近において、一二月三日夕方廃油が新岸壁に浮流していた事実から、その頃すでに廃油が投棄されていた事実が明白であり、一二月四日七時三〇分前後、竹島川河口付近で浮流していた事実、被告らがビルジ投棄を自白した事実と高度の蓋然性をもつて右ビルジと原告らのノリに付着した廃油とが一致することが証明されたこと
⑩ 被告は、新垣証言を援用し、井上鑑定を非難するが港則法二四条、同法四一条により廃油の違法投棄をなした罰則適用のための国家の鑑定機関が管区海上保安本部(法二五条)の海上公害課でありノリひび付着油と第三住若丸のビルジとが「極めて類似」という鑑定結果にもとずき、廃油の違法投棄の事実を被告らが自認せざるをえなくなり、その事実を本件でも肯定しているものであり、海上保安本部の鑑定で浮流油と船舶のビルジ油との同一性が認定され、原因船が判明している事実からみて、実験室的にしか過ぎない新垣証言をもつて、井上鑑定が不充分であるとする理由にならない。
⑪ 被告らは、鑑定書(甲第五号証の一一の(3))によると、浮流油と第三住若丸、双海丸、真砂丸の各ビルジが「類似している」旨表現していると主張するが、以下の理由により、右鑑定書の誤読である。
鑑定書に従い「のり付着浮流油」(資料)を井1、第三住若丸のビルジを井9、双海丸のそれを井11、真砂丸のそれを井27として比較検討する。
同一給油所の同一給油を受けた場合でも、各船のエンジンの相違によりエンジン内の圧力・温度差等によつて、燃料油ならびに潤滑油は微妙な化学的変化を遂げ、廃油(ビルジ)は自ら異なつた物理的性質を示す。この点に本件鑑定の意義がある。
鑑定書によれば、ガス・クロ分析で井1と比較して、井9は極めて類似し、井11と井27は類似の結果が出たため、さらに二波長クロマトスキャナ測定を行つた結果、井1と井9は類似し、井11、27は完全に否定される結果が発見されている(別表2、別図1―1、同9―1、同11―1、同27―1、同59)。
更にデジタルインテグレータ(ITG)面積値によるパラフィン組成比図表(別表1)によれば、C14〜C18においてNo.1のりひび付着油とNo.4第三住若丸ビルジ(仮に一群と呼ぶ)とは、まさに極めて類似した組成図構成を示しているのに対し、NO.2真砂丸ビルジとNo.6双海丸ビルジ(仮に二群と呼ぶ)は相互に極めて類似を示し、しかも一〜二群間には対象的な区別のあることを示している(このことは別図59における図形及び数値もこれを表示している)。
前記の各油は、A重油と潤滑油の混合物であることから、その意味における類似性を共通の要素としているが、前記一群の類似性は、殆んど同一性を有すると判断しても差し支えない「極めて類似」であり、二群は、前記検査によつてまさに物理的性質を異にすることを明白ならしめており、その意味において、一群と二群間は否定していると判断して誤りがない。
また、下田港内において、二〇〇〜三〇〇隻の漁船がA重油を使用しているからといつて、ノリ付着油とは殆んど関係がなく、このことは、別表2によれば、A重油のみ使用したもの、あるいは潤滑油のみ(LO)使用したもの、もしくは潤滑油にA重油を加えたものすべてが、GC分析及びスポット試験で全部類以性のないことが判明しており、No.4のA重油に潤滑油を使用していたもの一隻がG・C分析では判定困難であつたが、スポット試験で類似性のないことが判明している。従つて付着油との類似性は皆無である。
A重油に潤滑油の加えられたものが、エンジンによる熱(温度)、圧力等によつて化学的・物理的な性質変化をとげることによつて、その廃油が独特の物理的特性を示すこととなり、その特性分析が鑑定書の鑑定に他ならない。
しかも、ノリ付着油と第三住若丸の一群にのみ共通特性を示しているからこそ、両者の廃油の同一性が肯定されるものである。
3 被告江口の責任
被告江口は、第三住若丸の機関長として同船の機械操作業務に従事していたのであるから右船舶の廃油を船外に排出するに際しては、排出浮流油が海岸近傍を汚染しないよう未然に防止すべき注意義務が存するにかかわらず、右廃油をみだりに海上投棄して過失があるから、原告の蒙つた損害を民法七〇九条により賠償する責任がある。
4 被告会社の責任
被告会社は、砂利の販売事業を営む株式会社であるが、被告江口を雇傭し、砂利の採取・運搬用に使用している第三住若丸の機関長として同人を乗船させていたところ、右廃油の排出は、被告会社の業務に従事中のことであり、被告会社の事業の範囲に属するから、民法七一五条により右損害を賠償する責任があると共に、同会社自体不法行為者として同法七〇九条による同様の責任がある。
5 損害
よつて、原告の被つた損害は次のとおりである。
① 養殖網及び養殖杭の被害金四七万九〇〇〇円
廃油の附着により使用しえなくなり廃棄処分した養殖杭及び養殖網等の養殖施設の損害は合計四七万九〇〇〇円である。
② 廃油の防除に要した費用金一八六万一五八〇円
廃油の防除・清掃に要した費用は、労務費一一九万六一六〇円(労務人員二四一名、労務時間一九八四時間)資財費一九万二五〇〇円、漁船・運搬車費四七万二九二〇円以上計金一八六万一五八〇円。
③ 生産物に与えた被害 金二九五万九三五〇円
撤去した(1)ノリ網枚数二五〇枚、②ノリ網一枚当りの生産実績数量6.54キログラム、(6)一キログラムの純収益一八一〇円であるから、
損害額=(1)×(2)×(3)=250×6.54×1,810円=2,959,350円となる。
④ 弁護士費用 金一〇〇万円原告は、本件訴訟を弁護士徳弘壽男に委任し、すでに着手金として五〇万円を支払い、認容額の一割を成功報酬として支払う旨約しているから、金一〇〇万円を弁護士費用として請求する。
よつて、原告は被告らに対し、各自金六二九万九九三〇円および右金員から弁護士費用を控除した内金五二九万九九三〇円に対する遅延損害金として不法行為の日である昭和五三年一二月四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による金員の支払を求める。
6 損害の主体について
① 原告は、漁業法第六・八条にいわゆる漁業権を有するものであり、組合員は共同漁業権の範囲内で漁業を営む権利を有するものであるところ、漁業権は物権とみなされ(同法二三条)、組合管理漁業権を有し、かつ、行使するものであつて、組合員の「漁業を営む権利」は右の漁業権から派生しているものであつて、漁業権そのものではなく、本件は、物権とみなされる原告の漁業権の侵害に対する損害賠償請求権を行使するものである。
② また、被告は本件損害は生産組合員個人の損害で、原告たる組合の損害でないと主張する。しかし、原告組合は、水産業協同組合法にもとずき設立された漁業協同組合であるところ、同法四条で「組合は、その行う事業によつてその組合員又は会員のために直接の奉仕をすることを目的とする」ものであり、第一一条は事業の種類をかかげて組合の事業を列挙し、同条一項四号は「組合員の事業又は生活に必要な共同利用に関する施設」を、同項五号は「組合員の漁獲物その他の生産物の保管」を、同項一二号は「前各号の事業に附帯する事業」を掲記しているところ、本件のりひび網漁業は原告組合の組合員の事業に必要な共同施設であり、組合員の生産物を保管するのはまさに原告組合の事業に他ならない。従つて、のりひびに廃油が付着し損害を蒙つたのは、原告組合の事業に対する損害をおよぼしたもので、原告組合が該損害賠償請求権を有するのは当然である。
二 請求原因に対する認否(被告両名)
1 請求原因1項の事実は否認
なお、被告らは、当初から被告江口が昭和五三年一二月四日午前七時ころ、燈台付近海上で第三住若丸から廃油約一〇リットルを排出したことは認め、原告主張の河口上流への遡上現象(逆流現象)は生じない旨主張した。
2 請求原因2ないし6項の事実は否認。
三 被告の主張
1 本訴請求の根拠は、第三住若丸のビルジと養殖のりに附着した油類が類似しているとの鑑定(甲第五号証の一一の(3))に基づくものであるところ、右油質鑑定は、一応の類否の鑑定であつて、表現上の差異はあるものの、浮流油は、第三住若丸のビルジのみならず、双海丸のビルジ、真砂丸のビルジとも類似している旨の記載がある。
すなわち、鑑定資料のうち九、一一、二七がそれぞれノリひび付着油と類似するが、中でも資料九が極めて類似すると結論したため、原告はこれを根拠として本件被害が第三住若丸のビルジに起因すると主張するが、乙第一四号証及び新垣証言のとおり、資料九、一一、二七はそれぞれ類似しているものの、優劣をつけるほどの差はないのである。換言すれば井上鑑定書添付の別表1「ITG面積値によるパラフィン組成比較図表」及び同別表2では、一見したところ、第三住若丸ビルジがノリ附着油に最も類似しているかに見える。しかし、新垣意見書が指摘するとおり、それは錯覚である。
その理由は次のとおりである。
① 先づ右別表1についてみるに、本来一致すべきはずの、ノリ附着油同志(――△――、……△……)でも一致しておらず、例えば炭素数18の欄を見ると0.3の差が生じている。同一の成分とみられるべきノリ附着油の二資料間においてさえも右の差がみられることは、0.3程度の差は誤差の範囲内とみるべきだと指摘する新垣意見の正しさが裏付けられる。
② そうすると、同表で、双海丸ビルジ(――×――)、真砂丸ビルシ(――△――)はノリ附着油とかなり差があるように見えるが、炭素数14ないし18欄などの差はいづれも0.3前後であるから、前同様誤差の範囲内にすぎないから類似性の程度に差を認めることはできない。
③ また、同表は炭素数20を1として計算したものだが、新垣意見書では炭素数15を1として計算したところ、ノリ附着油同志においても、炭素数18では0.2の差があるだけでなく、ノリ附着油と第三住若丸、双海丸、真砂丸それぞれのビルジとの間にも同様0.2の差がみられ、いづれも誤差の範囲内とみざるを得ないのであつて、いずれがより類似し或いはより類似しないかの優劣をうけることができない。
そして右の誤差は、鑑定資料が混合物であり、その各成分の分離が不完全であつたためである(これは、井上鑑定書添付のガスクロマトグラフは、いづれもベースラインが山のように盛り上つていて、各成分の分離が不完全であることを示している)。従つて、このような各成分の分離が不完全な資料では、ガスクロマトグラフによつても、精度の高い類否の判定は不可能である。
④ 次に右別表2についてみるに、ガスクロマト分析につき、第三住若丸◎、双海丸○、真砂丸○、スポット試験につき、右三者のいづれも○、二波長クロマトにつき、第三住若丸のみ○、他二者は×と記載されている。この記載を見る限り、第三住若丸が最も類似しているように見える。しかし、新垣意見書が指摘するとおり、スポット試験、二波長クロマト等は類否の判定にほとんど効果がないというのであるから、無視しても差支えないものであり、ガスクロマト分析について、第三住若丸に二重丸をつけた所以は別表1にみられる程度の差を根拠にしたものにすぎなく、前記のとおり、この程度の差は、誤差の範囲内というべきものであるから、右三者間では類似性の優劣がつけ難く、従つて右二重丸はほとんど意味のないことが理解できるのである。
⑤ 井上鑑定人が第三住若丸のビルジが最も類似していると鑑定した所以は、原因船を念頭に置いての判断ではなく、あくまで三つの資料の比較上の判断にすぎないのである。
つまり、第三住若丸、双海丸、真砂丸の各ビルシはいづれも類似していると判断した(ということは、どれが原因か断定できないということである)が、現場からの依頼はどれが一番類似しているか、一つを特定してほしいという趣旨のものであつたから、右三者の数値を比較して最ものり附着油に近いとみうる第三住若丸を最も類似していると結論づけたにすきない。
⑥ 井上証言によると、別表1によつては、符号9、11、27はいづれも類似していて甲乙つけ難いが、符号9が極めて類似していると判断したのは、高沸点部分の判断によるというところ、高沸点部分とは、ビルジが燃料油と潤滑油部分に分れた潤滑油部分に当るものであるが、この部分には燃料油部分に比較して一層多くの成分(五〇ないし六〇種)が混合しているためガスクロにかけてもその成分が分離せず、右の燃料油部分の如く同表に描かれたピーク図を描かないのである。従つて、面積比較ができない。つまり定量分析ができないのである。それ故、高沸点部分では、低沸点部分(燃料油部分)以上に精度の高い判定ができる可能性は全くないのである。
しかるに、井上証言ではこの多成分の分離が不充分でピーク図も描かない部分(従つて当然燃料油部分以上に誤差が多いということにもなる)を肉眼で比較しただけで、定量分析でも甲乙つけ難いといわれたものの中の一つを、一躍極めて類似していると結論づけたことになるのであるから、井上証言には論理的矛盾があるといわなければならない。
⑦ また、井上証言では、符号11、27はノリひび付着油である可能性がないというが、鑑定書によると、「浮流油は第三住若丸のビルジ(符号9)、双海丸のビルジ(符号11)及び真砂丸のビルジ(符号27)と類似しているか、……」と表現してこれまた矛盾した証言である。
⑧ 下田港には、二〇〇ないし三〇〇隻の漁船が係留されているから、これらの漁船が燃料油として第三住若丸らと同じA重油を使用しており、また給油所も第三住若丸らと同一の給油所を利用していることからすると、本件浮流油はこれら多数の漁船の中から流出した可能性も否定できない。下田港には、常時、控え目に見ても三〇隻から五〇隻の漁船が係船されているが、これらの漁船のビルジは一切鑑定対象とされていない。これら漁船のビルジがノリ附着油と類似しないという理由は何もないから、たまたま鑑定対象とされた資料の中に類似したものがあつたとしても、すべての資料が鑑定対象とされていない以上、右鑑定結果のみをもつて原因船と断定するのは科学的合理性に欠けるものであるといわなければならない。
⑨ 以上の次第で、井上鑑定にかかわらず、資料九、一一、二七はいづれも類似性に優劣をつけることができないのである。従つて、資料九が最も類似するとの前提で提起された本訴は理由がない。
2 損害の主体について
本件被害により仮に損害が発生したとしても、損害の主体は、のり養殖者(生産者)たる各組合員個人であつて、原告組合ではない。すなわち、本件損害は組合員の損害であつて、原告組合の損害ではない。原告代表者佐田晴重は、原告が漁業権を持ち、手数料収入を得ている旨供述するが、そうであれば一層事業主体は各組合員であることが裏付けられるのである。
よつて、この点においても、原告の本訴請求は失当であり、棄却されるべきである。
第三 証拠<省略>
理由
一請求原因1項の事実中、被告江口が、昭和五三年一二月三日夕刻ころから翌四日午前七時ころまでの間に、下田港湾内において、第三住若丸から廃油を海上投棄(排出)した事実を認めるに足りる証拠は存しない。また、被告会社―右江口以外の自然人の行為を要する―においても(後記因果関係の判断参照・全証拠によつても)右事実を認めるに足りる証拠は存しない。
(なお、被告江口が、燈台付近海上で第三住若丸から排出した廃油が下田港湾内まで遡上しないことは、原告の自認するところである。)
二因果関係
本件ノリ等に付着した廃油(浮流油ともいう)は、被告会社所有の第三住若丸の廃油と同一か否か(同一性の蓋然性が高いか否かを含む)をまず判断する。
1 下田港湾内における浮流油の発見等の状況について
<証拠>を総合すると、昭和五三年一二月四日午前七時前後ころ、下田港湾内において、浮流油(その範囲等は暫くおく)が浮遊していたこと、そして<証拠>によると、同日午後一時ころ、原告組合の養殖部長宮崎俊久が、同湾内の浮流油を発見し、中村市水産課に防除措置をとるよう要請し、また、その報告を受けた原告組合長宮崎健において土佐清水海上保安署にその旨連絡したところ、<証拠>によると、同署は同日午後三時符号1、2、6、7の油試料の採取をしたことが認められること
2 新岸壁における第三住若丸の係留状況について
<証拠>によれば、第三住若丸は、昭和五三年一二月四日午前六時三〇分ころ、下田港新岸壁を出港したこと、同丸は、それまでは同岸壁に係留されていたことが認められるが、いつから係留されていたか判然としないこと
3 鑑定書の鑑定結果について
① 成立に争いのない甲第五号証の一一の(3)(以下鑑定書という)によると、浮流油(符号1、2―以下符号1という)は、第三住若丸のビルジ(符号9―以下符号9という)、双海丸のビルジ(符号11―以下符号11という)及び真砂丸のビルジ(符号27―以下符号27という)と「類似」しているが、中でも符号9に「極めて類似」している旨の鑑定結果を示し、証人井上哲次の証言(以下井上証言という)によれば、右「類似」「極めて類似」の判定は、海上保安署の内規「海上公害分析測定参考」(現在は使われていないとのことである。従つて、何らかの不都合があるため使用されなくなつたものと推認するのが妥当であろう。)によつたものであつて、それによれば、類似度合が七〇から九〇%のものを「類似」、九〇%のものを「極めて類似」と判定し、符号11、27は七〇から九〇%で「類似」、符号9は九〇%で「極めて類似」と判定したものであり、「極めて類似」とは科学的蓋然性の最高度の確からしさを意味するものであつて、一般社会的な意味では「同一」と表現できるというのであること、果して然らば、右の「同一」と前記1、2の事実を併せ考えると、請求原因1項の事実中、下田港湾内において、本件ノリ等に付着した廃油を排出させた船舶は、第三住若丸であつたとの事実を推認することができるし、そう推認することが経験則に叶うゆえんであると考えるので、成立に争いのない甲第八号証(以下上申書という)、乙第一四号証(以下意見書という)、証人新垣忠男の証言(以下新垣証言という)及び井上証言を参考にしながら、前記鑑定の当否について以下検討することとする。
② 井上証言によると、鑑定書中、定性分析(パターン分析)より精度の高い定量分析である「別表1」(ガスクロマトグラフによる分析(以下ガス分析という)により得た分析データを自動データ処理装置によりnC20を基準とした各nパラフィン系炭化水素のピーク面積を比較したものである)によつては、符号9、11、27はいずれも類似していて甲乙をつけ難く、識別不可能であり、符号1との関係も同じ結論であること(この点は、右の如く鑑定書作成人である証人井上自から認めるところであるが新垣証言及び意見書によつても同じ結論をうるところであること)、従つて「別表1」では判定不可能であるから、これを根拠に前記「類似」「極めて類似」の判定がなされたものでないことは明らかであること、なお、上申書によれば、「別表1」は、パターンを数値化する一手法であつて、定量分析ではないと記載するが、右の結論を左右するものではない。
③ 鑑定書、上申書及び井上証言によると、鑑定書にあるとおり、符号1から29の全部についてガス分析をなし、別図1ないし29を得た結果、符号1と類似している三試料(符号9、11、27)を得たので、符号1、9、11、27について、更に条件を変えたガス分析を行い、別図1―1、1―2、9―1、9―2、11―1、11―2、27―1、27―2を得たうえ、特に高沸点部分―この部分はCの数が多く、従つて変性もあまりなく、特徴がでてくるため―比較検討したパターン分析によつたものであること、即ち、上申書によれば、同書中、別紙3(右別図1―1、9―1、11―1、27―1の比較図である)及び別紙4(右別図1―2、9―2、11―2、27―2の比較図である)のとおり、ガス分析により、潤滑油の構成炭化水素の相違からくる、ア、検出されるピークの数とピークの高さ、イ、ピークとして検出される位置、ウ、ピークの山を結んだ線の流れ、エ、ピークの谷を結んだ線の流れ等から構成され、描かれた、それぞれのパターンを比較検討し、符号9が、符号1のパターンに「極めて類似」のパターンを描いている結果が判明したこと、本件油試料の如き多成分混合物についての最終的判定は、右ガス分析のほか、赤外分光光度計による測定(以下赤外分析という)、二波長クロマトスキャナによる測定(以下二波長分析という)、屈折率の測定(以下屈折分析という)及びスポット試験を行い、それによつて得た資料を総合して判断をなし、前記鑑定結果を出したものであること、
そこで、右別紙3、4について仔細に検討するに、先ず、別紙3については、ガス分析開始後二五分のところから感度レンジを増幅して、高沸点部分を拡大し、二五分から三〇分にかけての変化を比較したものであるところ、前記アイウエオ等の諸点を総合してみるに、符号9が符号1に最も類似し、符号11がこれに続き、符号27が最も類似していないこと、更に、符号11についてみるに、二五分から二八分二〇秒ころまでは、符号9、従つて、符号1とも極めて類似している状態であるといわなければならないこと、二九分二〇秒ころ以降では、符号1、9はもとより、符号27とも大きく隔たつていて、この点のみをとらえれば、符号11は符号9に比し、符号1との類似度合は低いといわなければならないこと、しかしながら、右にみたように、別紙3は、二五分から三〇分にかけての変化をみたものであるにかかわらず、符号9と11は、二五分から二八分二〇秒ころまでは、極めて類似した状態であり、二九分二〇秒ころ以降において、両者異なるにすぎないのであるから、パターン分析の精度を暫くおくとしても、両者は異なるとまで判定できないのではないかとの疑問を払底しえず、更に、この種分析に必ず存する許容される誤差(井上証言によると、「別表1」のスターマークNo1、No1の両者は誤差の範囲内であるというのであるから、別紙3にも許容誤差範囲なるものが存在することを容易に推認しうるところ、その範囲を判断する証拠は存しない、しかし、前記のとおり、上申書によれば、「別表1」は、パターンを数値化したものであつて、定量分析ではなく、また、誤差の範囲内というのであるから、これを参考に考察するほかない)を加味し、加えて、「別表1」では判定不可能だつたことのほか、パターン分析の精度ないし正確性(分析機械の性能も含む)は必ずしも高度のものとはいえないことを併せ考えると、符号9、11は、符号1と「類似」しているとはいえても、符号9が、符号1と「極めて類似」しているとの判定は下しえないものといわなければならない。次に、別紙4については、分析器の初期温度を、通常の八〇度Cから二五〇度Cにセットして試料を注入してガス分析して得られた比較図であるところ、前記アイウエオ等の諸点を綜合してみるに、符号9が符号1に最も類似し、符号27がこれに続き、次に符号11が続いていること、更に、符号27についてみるに、符号9と27が交差した点(全体の約真中あたり)からのちは、符号1を挾むようにして流れており、どちらかといえば、符号27の方が符号9よりもやや符号1に類似しているといえること、始めから右交差した点近くまでをみると、符号9と11は共に符号1と極めて類似し、符号27とは若干の違いを示していること、全体のパターンを重視するとしても、右の程度の状態では、符号9と27は截然たる差違を示しているといえるからはママ、甚だ疑問であるといわざるを得ないうえ、前記この種分析の許容誤差、「別表1」の判定不可能、パターン分析の精度等を併せ考えると、符号9、27は符号1と「類似」しているとはいえても、符号9が符号1と「極めて類似」しているとの判定は下しえないものといわなければならない。なるほど、符号9は、別紙3と4につき共に「類似」していると判定し、符号11、27はその一方にのみ「類似」するとの判定した結果からみると、符号9が符号1によりよく「類似」しているとは言えても、前記許容誤差等の諸問題点のほか、更に後記事実をも加えて総合考慮すると、なぜ、符号9が符号1に「極めて類似」しているとの判断を下し得たのか、その疑問を払底しえないのである。
なお、井上証言は、符号11、27は、符号1である可能性を否定し、符号9のみ肯定するが、符号11、27は前記のとおり七〇ないし九〇%であるからもし九〇%かそれに近接しておれば到底その可能性を否定し去ることはできないであろうし、七〇%であつたとしても「類似」との判定を下すのであるから、その可能性まで否定することはできないのではないかとの疑問を払底しえないこと
④ 鑑定書、上申書、意見書、井上証言及び新垣証言によれば、ガス分析は、油類の類比判定に有効な方法であり、鑑定書中においても重要かつ中心的役割を果していることは明らかであるところ、前記のとおり、「極めて類似」なる鑑定結果について大いなる疑問を生じたことは、符号9が符号11、27に截然と区別されて符号1と「極めて類似」しているといえないことは明らかであるといわなければならないこと、二波長分析、スポット試験、屈折分析及び赤外分析は補助的分析方法であるにすぎないところ、まず、二波長分析は本件試料のような多成分の混合物については、適せず、鑑定書中別図59における判定値は著しく低いものといわなければならないこと、スポット試験は二波長分析より判りにくい判別方法であつて、鑑定書中別紙スポット試験(最終頁)のとおりであるが、符号1、9、11、27を比較してみても、どうしてこれらが類似していると判定できるのか判然としないこと、屈折分析の結果は、鑑定書中別表2記載のとおりであり、これによると、符号1に類似するものは、符号4、8、9、11、17、22、23、29とあつて、殆んど判定に役立たないといわなければならないこと、赤外分析は試料に赤外線を照射して解析する方法で、純物質の構造決定に偉力を発揮するものであるところ、本件では少量の他成分(燃料油、潤滑油以外のもの)混在の検出困難であつて、符号2以外(但し、符号7、14測定なし)はすべて鉱油であり、結局判定に偉力を発揮していないこと、
⑤ 鑑定書によれば、鑑定試料は「符号1ないし符号29」であること、この試料は、成立に争いのない甲第五号証の一〇(以下報告書という)、同号証の一一の(1)及び同号証の一一の(2)によれば、報告書のとおり「符号1ないし符号29」として採取したものと同一であり、そのうち符号1と符号6は、共に「種別のりひび付着浮流油、採取日時昭和五三年一二月四日午後三時、採取場所下田港口テトラポットから約一〇〇〇m上流の東岸、立会人四万十川下流漁業協同組合組合長宮崎健」と記載されていて異なる点はないから、両者は同一試料であるといわなければならないこと、鑑定書中別表2によれば、「符号1と同一の浮流油」とのみ記載し、各種のテスト結果が全く同一であつたか否か判然としないので以下検討するに、ガス分析については、同書中別図1と別図6を得ており、両図を比べると若干の違いのあることが判ること、同一試料にしてこの結果である(許容される誤差の範囲内か否かを判定する証拠はない)から、符号6について、符号1に対し条件をかえてなしたガス分析により別図1―1、1―2を得たと同じ、ガス分析(従つて、別図6―1、6―2に相当するもの)をなぜしなかつたのであろうかもしこの分析を施行しておれば、その比較対照が可能になるばかりでなく、三試料(符号9、11、27)との類似判定においてもより正確性が高められたことであろうと推認できること、赤外分析については、同書中別図30(符号1)と別図35(符号6)を得ており、両図を比べると若干の違いのあることが判る(許容される誤差の範囲内か否かを判定する証拠はない)こと、二波長分析については、別図59(符号1、9、11、27)を得ており、符号6については行なわれていないこと、屈折分析については、全試料について測定を行い別表2に記載のとおりの結果を得たとあること、スポット試験については、全試料を「別紙スポット試験」のとおりろ紙上に滴下し、紫外線鑑識機により観察したこと、
⑥ 意見書及び井上証言によれば、ビルジは、船底に溜つている時、燃料油と潤滑油が混合し、その摩擦によつて油性が変化していくし、海上では太陽光線、風の状態、海上温度、浮遊時間等により変性すること、そして、報告書によれば、油試料の採取は、昭和五三年一二月四日五日及び七日の三日間に行なわれたことが認められること、従つて、変化していると考えられるところ、この変性に関する実験データーの記載がなされていない本鑑定書は、その価値を著しく減殺するといおなければならないし、意見書によれば、本鑑定は意味を持たなくなるというのである。
⑦ 証人沖伝の証言及び被告会社代表者岡島喜三の供述によると、昭和五三年一二月四日、下田港湾内に係留されていた船舶は、二〇〇ないし三〇〇隻係留(沖証言では殆んど五トン未満のものであるという)されていたこと、原告代表者佐田晴重の供述(第一回)によると、同日、少なくとも三〇ないし五〇隻の船舶が係留されていたことが認められる(証人戸田森起の証言は採用しない)が、報告書によると、土佐清水海上保安署が同月四日から同月七日までの間に、油試料を採取した同港内在泊船舶は第三住若丸他六隻にすぎないこと、この七隻からのみの採取及びその鑑定で足りるとする資料は存しないし、同月三、四日の係留船が右七隻に限られたとする証拠も他に存しないこと
⑧ 以上の事実(疑問点ないし判断を含む)を総合考慮すると、符号9は符号1に「極めて類似」しているとの判定(鑑定)は到底これを首肯しうべくもないことが明らかであるといわなければならないこと、換言すれば、符号9は符号11、27と截然と区別されて符号1と同一であるとは言えないといわなければならず、結局において、符号9が符号11、27に優れて符号1に類似しているとは判定しえず、従つて、鑑定結果を維持しえないことは明らかであること、そうすると、第三住若丸の廃油は、本件ノリ等に付着した廃油であると推認することはできないことは明らかであるといわなければならない。
三以上認定判断したとおり、本件ノリ等に付着した廃油は、被告会社所有の第三住若丸の廃油と同一であると断定できないことが明らかとなつたこと、他にこれを認めるに足りる証拠は存しないこと、そうすると、本件ノリ等に付着した廃油と第三住若丸(廃油)との間に因果関係を認めることはできないといわなければならないから、原告の請求はその余の点について判断するまでもなく失当である。
四以上のとおり、原告の本訴請求は、理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。 (山本愼太郎)